わたしたちを
賢い大人に育てようと
あの手この手をつくした母は
もともとあまり体が丈夫ではなく
幸か不幸か
わたしたちが成人するのを
みとどけることなく
あの世へと旅立ち
わたしたちは
母が心配したように
バカのまま
年月をかさねてしまった
妹は就職に失敗して
一日中自宅で洋裁の内職をしており
わたしはというと
成績不審の職場移転でヒマになり
有給休暇を全部取得しながら
自宅でカリグラフィーの練習をはじめた
西洋のあらゆる時代の
文字サンプルを集め
作品制作の準備をしていた
ちょうどそのとき
写本のコピーでごったがえす
わたしの部屋に
妹が入るなり悲鳴をあげた
あああ!
その模様!
その模様は一体何!?
1枚のコピーを手にとり大興奮
ああそれ
それは「ケルズの書」
8世紀のアイルランドの聖書で
見出しページのアルファベット
今のところわたしの
一番のお気に入りサンプルなのよ
妹はそう言うわたしのことばを
最後まで聞かずに
その場を去ったかと思うと
すぐにまた部屋に走り込んできて
自分の手帳をわたしの前に出し
こう言った
これと同じものよね!
見ると切手サイズの小さな切り抜きが
手帳のポケットにはさみこんであり
かなり小さくて
細部がまったくわからなかったけど
確かにそれは「ケルズの書」だった
こんなにすごい模様だったんだー!
しかもアルファベットだったんだー!
わたしは書体サンプルを
食い入るように眺める妹に
「XPI」はキリストのこと
キリストの誕生って書いてあるのよ
とつけくわえた
興奮がおさまらない妹は
今までの経緯を語りはじめた
どうやらファッション雑誌のすみに
デザインの一部としてあったようだけど
一体これが何なのかわからず
ずっと気になっており
小さいけどあまりにもきれいだから
雑誌を捨てるときにこれだけを切りとり
いつも眺めれるように
手帳にはさんだらしい
それにしてもすごいね!
1200年前のものだなんて
しかもこんな細かい描き込みするなんて
神技だね!!
何年もこのあやしい魅力にとりつかれ
今日やっと謎がとけた妹は
いたく関心しながら
自分用にコピーさせてほしいと言って
そのサンプルを持って出て行った
それから数ヶ月後のこと
わたしは居間で
お茶をのみながら
文字サンプルをもとに
作品のデザイン案を練っていた
サンプル集の表紙には
一番お気に入りの「ケルズの書」
ぼんやりとそれをながめながら
一息ついていたそのとき
父親がとおりかかり
わたしの前で立ち止まった
なんやそりゃ!
なんかスゴイきれいなモン
もっとるじゃないか!
ちょっとよう見せてくれーや!
そう言ってわたしのところから
ファイルをとりあげた
すごいのう!
こりゃどうなっとんや!
わたしは以前妹にしたのと
同じ説明をしてから
こう言った
お父さん
こんなものきれいだなんて思うの?
すごいきれいじゃないか!
これをきれいじゃないと思うヤツがおるんか!?
これはすごいじゃないか!
お前ええもんもっとるのう!
そうか…
わたしたち姉妹のバカは
この人からの遺伝にちがいない
おわり