第3話 運命は三度訪れる

macが導入された日
職場から紙とインクが消えた

絵描き職人は姿を消し
ペンを持ったこともない人が
地図や図面を描くようになり

仕事は効率化されて多くの人が辞職
残った人には有給休暇が与えられた

図面描き職人だったわたしは
その日から若い新人と一緒に
コンピュータオペレーターになり

この日を境に
図面制作はもちろん

配色デザインから
写真製版まで仕事が広がり
新人育成も担当になった

仕事中のわたしは
常に飽和状態だったけど

仕事自体はそれまでにくらべ
何倍ものスピードでこなせ

残業がへったばかりか休日出勤も
よほどの繁忙期でない限りなくなって

仕事帰りにコンサートへ出かけたり
連休には美術館に出向き
友人との食事を楽しむ余裕ができた

そんなとき友人からもらった
一枚のチケット

もう期限もあとわずかで
自分は行くことができないから
どうぞということだったけど

「現代絵画の軌跡」なんて

相変わらず興味はなく
とりあえずお礼は言って受け取ったけど

そのまま手帳にはさんで
かばんの中に突っ込んだ

行く気はほとんどなかったけど
有料チケットだと思うともったいなくて
捨てることができず

とりあえず期限中は持っておこうと
なんとなく毎日持ち歩いていた

そんなある日
わたしはたまたま町中にいた

日曜日のランチタイム
喫茶店でのミニコンサート

コーラスグループの仲間みんなで
出演して歌っていた

歌い終わったその後は
そのままそこで軽食をとり
昼過ぎには解散

みんなそれぞれに散らばり消えた

通りの並木は新緑でかがやき
まだ帰宅するには
もったいない日和だった

お店を出てレンガ通りを歩き
バスセンターへと向かう道の先に
美術館が見えてきた

通りすぎようとした瞬間
正面にかかげられている
ポスターが目に入り急に思い出した

わたしこのチケットもっているわ

手帳を取り出しチケットを目の前に
ポスターと並べて確認しながら
そのまま美術館へと吸い込まれてしまった

興味はなかったけど
1500円もする展示を
無料で見れることには
へんな満足感があり

うきうきしながら受付を通過
中へ入ったはよかったけど

展示作品には
やっぱり興味がもてなかった

人が見ている作品は
そのまま見ずにすっとばし

空いている展示室は
足早に通過

どんどんスピードをあげて
調子良く通過していた瞬間

だれもいない展示室で音がした

オルゴールだ
オルゴール?

わたしは立ち止まり
目の前の絵を凝視した

この絵だ
この絵が鳴っている!

やわらかい色の中で
キラキラと透明な音が
小さく鳴っていた

これはいったいだれの作品かと
目を下におろして入ってきた文字は

またあなたですか!

わたしはまたもや
打ちのめされてしまった

カンディンスキー

あなたは一体何者なのですか!

わたしはしばらく
その場所から動くことができずに

カンバスの隅から隅まで凝視して
どうして音がするのかと
くまなく眺めて考えた

うす黄色の画面には
三角や四角が適当にあるだけで
棒もいろいろあるけれど

意味がわからない
意味がわからない
意味がわからない

だけど確かに音がした!

好みとはまったくちがう
無意識の共鳴に

わたしは
ただただ動揺するばかり

感動を伝えるのに形はいらない

意識上の好みと意識下の感性
古いものが好きといはいえども
わたしは現代に生きる人

まぎれもなく
現代のセンスがしみついている

masausa基本ポイントもよう

1f3dc55e-s

masausa基本ポイントもよう

つづき

「絵画が伝えるもの」もくじ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です