第1話 心にのこる風景

抽象画なんて興味ない
きれいな形きれいな写実
わたしは繊細な描き込みがすき

ピカソといいミロといい
現代ではどうして
あんな意味のわからない
形を描くのが流行しているのだろう?

この日の芸術論は
「抽象画のあけぼの」

どうせつまんない話だろうと
わたしは肩肘ついて
目の前にある消しゴムを
ノートの隅にスケッチして遊んでいた

窓の外の小鳥の声に混じって
遠くで先生の声が聞こえる

抽象画の先駆者といわれる
カンディンスキーです

そんな画家知らない
興味もない

わたしは消しゴムケースに印刷された
アルファベットをそっくり描き写し
ゴリゴリと力を入れて
無心に真っ黒に塗りつぶした

そのとき彼は
風景画を描いていたのですが
どうやってもうまくいかず
何日も煮詰まっていたのです

そしてとうとう
どうにもこうにもいかなくなって
絵筆を置きカンバスをなげて
外へ出ました

わたしは消しゴムがつくる影を描きながら
うんうんと頭を上下にうごかした

ちょうど自分も風景画の作成中で
毎日筆が止まり昼寝が習慣になっていた

描き写すだけの
下絵デッサンやスケッチは
文句なくいつでも楽しいけど

それをもとに自分の世界を伝える
最終仕上げはいつも煮詰まる

ひととおり形ができ
全体の色がついたら
どうやっていいかわからなくなり
たいていいつも昼寝をしている

きちんと形にはなっているけど
仕上がってはいないことだけは確か

このままではダメ
全然ステキじゃない
そもそもわたしが
イメージしているモノじゃない

名だたる画家がそうなのなら
学生のわたしはなおさらだわ
作品制作はそんなものなのね

消しゴムにこすりついた鉛筆の汚れを
描き込みしながらも
わたしはいつしか先生の語る
話の中に入り込んでいた

外へ出た彼はそのまま一日中歩き回り
自分のアトリエにもどってきたのは
日も暮れかけた夕刻だったのです

そして扉を開け中に入った瞬間
彼は驚いた

そこには今までみたこともない
素晴しい絵画が1枚あった

慌てて駆け寄り凝視した
それはなんとも美しく
本当に今まで見たことがない
素晴しいものだった

一体どうしてこんな素晴しい絵が
わたしの部屋にあるのだろう?

いつの間にだれがこんなものを
持ってきてくれたのだろうと
思いをめぐらせていた瞬間

彼はもっと驚いたのです

なぜならよく見ると
それは今朝上手く描けなくて投げ出した
自分の絵だったからなのです

部屋に差し込む夕日で
赤く染まった描きかけの風景画
しかも上下逆さまになっていたのです

へ?
鉛筆をもつわたしの手はとまり
顔をあげた

先生が満足そうに
低い声で語りかけている

それを見て彼は気づいたのです

もしかしたら
感動を伝えるのに
形はいらないのではないかと

つまらない風景画を逆さまにすると
素晴しく見えるということは

そのモノがそのモノの形である必要はない
ということではないかと

そしてその日以来彼は
形にとらわれない絵画を
描きはじめたのです

そうやって描かれた
彼の作品がきっかけで
さまざまな人が
形にとらわれない絵画を
描きはじめたのです

感動を伝えるのに形はいらない

こうしてその後
ピカソなどの新しい画家が
誕生することになっていくのです

見たものをそのまま描くという
形式はこのようにしてなくなっていきました

彼の作品を初期から順にみていくと
どうやって抽象画がてきていったか
という経緯がよくわかります

時とともに形はかわります
芸術は生きていて
今も絵画形式は
刻々と変化しています

講義は終わった
教授が部屋から出て行き
ノートや筆箱を片付ける音が
部屋中でしている

感動を伝えるのに形はいらない…か

しばらくわたしはそのまま座って
つぎからつぎへと皆が通り過ぎて行くのを
そのままぼおっと見ていた

日は傾き
消しゴムがつくる影と落書きの影は
まったく違う形になっていた

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古都Ⅱ

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つづき

「絵画が伝えるもの」もくじ

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